阿部恵斗の世界を見据えた挑戦③ 日本人最速を見せつけたアジアロード

2023/07/22

阿部恵斗の世界を見据えた挑戦③ 日本人最速を見せつけたアジアロード

「Team 51 GARAGE YAMAHA」の阿部恵斗の挑戦を追う第3弾。今回はスポーツランドSUGOで開催された「アジアロード選手権」を追った。昨年同じ大会に参加した時は「Abe?」と見向きもされなかったが今年は違う。日本人最速・阿部恵斗をしっかりと見せつけた。

マークされていた阿部

今年の阿部は全日本ロードレースでその速さを見せている。開幕戦:2位、第2戦SUGO:優勝&2位と全て表彰台に立ちランキングトップを歩んでいる。今年からチームメイトとなった西村硝との好敵手関係もレベルアップに寄与している。

良い流れで乗り込んできた初日のフリープラクティス(FP)。FP2で1’30”568と従来のタイムをコンマ5秒上回るコースレコードを記録する。しかし、FP3でKhairul Idham Pawi(カイルール イダム パウイ)が1’30”503をマークしてわずか100分の6秒差でレコードを奪われる。しかし意に介さない。「悔しいは悔しいですけど、一発のタイムもアベレージも持っていますので、決勝レースに向けては問題ありません」

土曜日の予選、阿部はマークされていた。昨年では考えられない状況だ。アジアロード選手権には予選用タイヤ「Qタイヤ」が認められている。数周しか保たないが大幅なタイムアップが期待できる。阿部も「Qタイヤならトップタイムも狙えると思います」と自信をのぞかせる。

SS600クラスはスリップストリームを使うとタイムを出しやすい。だから速いライダーの後ろにつきたがる。阿部もQタイヤに替えてAZROY HAKEEM ANUAR(アズロイ・ハキーム・アヌアール)の後ろにつこうとしたがアズロイが急にアタックを止めた。「終わった、と思いました(苦笑)」。そこに他のライダー達が阿部のスリップをもらいに後続につき、阿部のタイムが伸びない。1’30”411。序盤に出したタイムからコンマ4秒しか上がらなかった。

西村硝の戦略がハマった予選

西村硝はアジアロード初体験。ダンロップタイヤのスリックも初めて。タイヤに合わせてセッティングを変えた全日本のマシンそのままで走っている。「Qタイヤ」も初めて。「初めてだらけで絶望感がハンパ無いですよ(笑)」と冗談混じりに話していたがFPから予選の戦略を考えていた。予選でフロント新品、リアQタイヤになるようにFPでは敢えてユーズドタイヤで走行した。

予選序盤、前後新品タイヤで1’31”352をマーク。そして燃料も軽くなった終盤にフロント新品、リアQタイヤでアタックラップに入る。2周目、初めて30秒台に入れる1’30”616、そして最後のアタックで1’30”382をマーク。西村はスリップをもらいに後ろに付かれなかった好機もあるが戦略が当たってQタイヤで約1秒タイムアップした。

予選結果は西村3番グリッド、阿部4番グリッド。

初表彰台がぶっちぎりの優勝

予選日の午後にレース1が行われる。スタート進行が始まる頃からコース上に雨粒が落ちてくる。サイティングラップを終えてグリッドに戻ってきた阿部に宗和が「ドライ(タイヤ)か?レインか?」と聞くと「レインで行きます」と即答。慌ただしくグリッド上でタイヤ交換が始まる。小降りで収まるかと思われたが雨の勢いはますます強くなり、ウォームアップ走行時には完全ウェット路面となる。尚、アジアロードレースには「ウェット宣言」は無い。

15周のレース1スタート。阿部は4番グリッドからイン側に一気にマシンを寄せて3番手で2コーナーを立ち上がり、オープニングラップを3番手で通過する。

2周目のSPインコーナーでトップを奪うと1分45秒台でラップ、後続との差を広げ始め4周目には4秒4ものリードを築く。さらに1分44秒台にまでペースを上げて独走体制を築いたところで赤旗中断。

「雨は止むことは無いと思ったので迷うことなくレインタイヤにしました。雨でもドライでもいける自信はあったので。後続を離せたのでいける!と思っていたところで赤旗。乗れていたのに(赤旗中断で)感覚が狂うかなと思いました。」

雨を苦手とする西村。しかも初めて履くダンロップレインタイヤ。1周目の馬の背でオーバーランを喫しオープニングラップを11番手で通過する。8番手に上げたところで赤旗となる。

5周終了時点の順位で5周の超スプリントレースが行われることになった。阿部はトップで2コーナーを立ち上がるとオープニングラップからとんでもないで速さで差を広げる。阿部のオープニングラップは1’48″684、2番手のNAKARIN ATIRATPHUVAPAT(ナカリン アティラプワパ)が  1’50″448、3番手の南本宗一郎が1’50″973なので2秒以上も速い。その後も43秒台を連発、しかもピットから「後続が離れているのでペースを落とせ」と言うサインが出てこのタイムだ。レース1同様にブッチギリの独走体制を築いてアジアロード初優勝を果たす。初表彰台が初優勝と言う嬉しい結果であった。

「できればドライの優勝が欲しかったけど強さは見せられたかなと思います。今年のアジアでは表彰台すら乗れなかったのに、初表彰台が初優勝、この上ない嬉しさです。」

西村はオープニングラップの馬の背でハイサイド転倒を喫してリタイア。ほろ苦いアジアロードデビューとなった。

「ダンロップのレインタイヤは初めてのぶっつけ本番でした。ここは経験値の差と言うことにしておきたいです。」と意気消沈であったが「明日、ドライだったらやり返そうと思います」と西村節は変わらない。

「ビッグマウスは実現させればビッグマウスでなくなる。硝は今のところ全部有言実行している。」と辻本聡。そこが西村の良いところだ。ドライの速さは誰もが認めている。

100分の1秒差で2位

決勝日は前日の雨が嘘のような好天。想定外だったのは気温の上昇。このウィークで最も高い気温と路面温度になった。

決勝レース前、「緊張してきました」と阿部が珍しく弱気。「平常心で行け。ミスしないことが大事。恵斗にはペースがあるんだから信じて行け」と辻本。

「ずっとトップを走っているとラスト5周は長く感じる。しかし抜かれた瞬間に“あと5周しかないのか”と焦る。レースの展開によってメンタルはコロコロ変わる、それをいかに慌てずに平常心を保てるかがポイント。」「恵斗はそれができている。この一年での大きな成長はそこです」と辻本は言う。

レース1同様、西村:3番グリッド、阿部:4番グリッドで15周のレース2スタート!阿部4番手、西村5番手で2コーナーを立ち上がるとその順位でオープニングラップを通過する。

「序盤は後ろについてタイヤを労ろうと思いましたが気温の上昇の影響かブレーキがフェードしてきました。」

そこで阿部はトップに出る作戦に切り替える。

3周目のシケインで長尾健吾をパス、4周目にMOHD HELMI AZMAN(ムハンマド・ヘルミ・アズマン)、5周目に南本宗一郎をパスしてトップに浮上する。全て阿部が得意とするシケインで仕留めた。

「ドライではパウイが速いのですぐに追い上げてくるだろうと思いました。トップに出て、自分のペースでブレーキを労わりながら後半勝負できるように考えて走っていました」

案の定、パウイがトップ争いに加わってきた。阿部、アズマン、パウイの3台に絞られる。後半戦に備えていた阿部だったがタイヤの消耗によりタイムが思っていた以上に伸びず後続を引き離せずにいた。

残り3周、パウイがアズマンをホームストレートでパス、2番手に浮上すると阿部の背後に迫る。阿部は巧なブロックラインでトップを守りながらファイナルラップを迎える。

やはり勝負所はシケイン。非常にコンパクトなラインの阿部に対して大きくアウト側から立ち上がり重視のラインのパウイ、阿部が抑えるものの10%登り勾配からストレートでスリップに入ったパウイとほぼ同時にコントロールラインを通過、場内のモニターには阿部がトップでゴールと表示された。

その後、写真判定で僅か100分の1秒、距離にしたらスニーカー半分ほどの差でパウイの優勝、阿部は2位とアナウンスされる。

ドライで速い西村は健在だった。6周目のホームストレート、長尾健吾、南本、パウイ、西村の4台が交錯する中、イン側から抜け出し4番手まで浮上、その勢いのまま馬の背で南本をパスして3番手に浮上する。しかし、想定以上に上昇した路面温度に合わせたセッティングする時間がなく、タイヤが消耗してきた後半にペースが上がらなくなる。4番手で迎えたファイナルラップの馬の背、アウト側からナカリン、イン側に南本の間に挟まれギリギリ接触は避けられたが集団の後ろに下がってしまい6位でフィニッシュ。

「後半はタイヤの消耗が激しくてしんどい走りでしたがしんどいなりの走りができたと思います。後半に合わせたセッティングができたことは良かったです。SUGOのパッシングポイントは限られているのでブロックラインでで走っていれば抜かれることは無いと思っていました。最後の最後で抜かれてしまいましたが、その前にぶっちぎっていればその差(0.013秒差)も無かったはずです。

アジアロードを1位、2位の戦績で終われたことはすごく良かったです。この良い流れをキープして8月のアジアロード第4戦、全日本ロード後半戦に臨みたいと思います」

「ドライになってやる気満々でコースインしたのですが、路面温度上昇でそれまでには出なかったマイナートラブルが出てしまいました。FP、予選では一発のタイムもロングランも良いアベレージを刻めていたのでそのセットで良かったのですが、ここまで温度が上がると違う詰め方が必要でした。せめて4位でフィニッシュしたかったのですが残念です。」と西村。

初めてのアジアロード、初めてのダンロップと経験値の少ない西村にとって厳しいウィークだったが、アタリの激しいと言われているアジア勢を前に「ヨーロッパの方がもっと激しいです」と意に介さず堂々とレースを戦った強さは西村の武器となるだろう。

レース後、宗和に聞いた。

「全日本初優勝を機に硝を急遽アジアロードに参戦させました。ダンロップタイヤ初体験ですが短期間で対応できたと思います。但、天候や気温の変化への対応力はまだ経験値が足りませんね。今日のレース2では3位まで上がり底力を見せました。ですが敢えて厳しく点数をつけて今回のレースは60点ですね。硝はもっともっと上に行けるチカラを秘めているので今後飛躍的な成長が期待できます」

「恵斗は去年3回スポットで走って散々な目に遭っていましたが今年は毎回毎回合格点に達しています。昨日のレース1は雨が降ってきた時点で“勝った“と思いました。大事なのは今日のレース2。結果は0.01秒差の2位でしたが自分的には100点満点だと思っています。

恵斗と硝、レースをする毎に成長しているのでチームの雰囲気もすごく良いです。」

レース1:優勝、レース2:0.013差で2位、この結果はアジアロードの世界で日本人最速:阿部恵斗をしっかりと認めさせるものとなった。シリーズランキングも2位に急上昇、トップまで27ポイント差とチャンピオンも射程に入ってきた。

全日本ロードレースとアジアロードのダブルタイトルを獲れるか、今後の阿部の走りに益々注目が集まる。

Photo & text:Toshiyuki KOMAI