「清成さんのためにも、自分のためにも勝ちたかった」男気を魅せた高橋巧の鈴鹿8耐。

2019/08/27

鈴鹿8耐で勝つ。高橋巧は今年はそれが叶うと思っていた。

今シーズンの高橋巧とワークスマシンCBR1000RR SP2は手が付けられないほど速くなった。しかし高橋に言わせると「特別なパーツを投入したわけではなくマシン自体は変わっていない」と言う。企業秘密がたくさんのワークスマシン、全てをおおっぴらに言うとも思えないが。。

「昨年の最終戦からスイングアームは変わっていますがマシンのパッケージ自体は変わっていません。強いて挙げるなら“マシンのキャラクターが自分の好みに合ってきた”と言うことです」
「昨年までは自分がマシンに合わせて走っていました。そこにどうしても無理や歪みが生じていました。今年は無理してマシンに合わせなくても自分の意図する走りができる、余力を持ってマシンに対峙できるようになっていることが大きいと思います。」

ホンダワークス2年目。今年は高橋を中心にチームが回っている感がある。自信を持って走っている高橋の姿が見える

ホンダの威信をかけて、高橋の悲願達成に向けて、鈴鹿8耐の優勝を獲りに行った。

「勝つにはペアライダーに清成さんが必要」高橋はずっと言い続けてきた。
清成と高橋は2010年、ハルクプロでチームメイトに一緒になったときから親しくなる。清成は「勝ち」に対する執着が高く「どうやったら勝てるか」「勝てなきゃ意味が無い」というスタイル。そのアグレッシブな走りは観る人を魅了する。そんな清成を間近で観てきた高橋は影響を多分に受ける。
「自分は口には出さないけど勝ちへの思いは同じ。だからこそ清成さんと組んだらすごく強いチームになると思いました。絶対に敵に回したくは無かった」。

しかし清成が走ることはなかった。前週のWSBKアメリカで痛めた首の具合が日本に来て悪化。フィジカルケアを施していたが日に日に悪くなっていく清成をみて「いつもとは様子が違う」と感じた。「ここで無理するより次のWSBKの自分のレースに備えた方が良いのでは」。
土曜日、チームから「巧とステファンの二人で行ってもらえるか」と打診される。高橋はその前から決めていた。清成もいざと言う時にすぐ出られるように準備をしていた。

決勝レース。高橋はスタートから前に出て2分7秒台のペースで逃げてアドバンテージを築きたかった。しかし他車に前に出られてしまったので後ろから様子を見る作戦に切り替えた。「最初にアドバンテージを築けなかったことも勝てなかった要因のひとつだと思います。」とふり返る。

前のスティントで落とした順位を高橋が挽回してトップに出ると言うレース展開が続く。3スティント目の走行が終わった後「勝つために最後(2スティント)行ってくれるか?」と打診される。「行くしかない」と思っていが「どんなタイムで走れるか分かりません」と答えた。
真夏の炎天下、ただでさえ1時間走行すると熱中症に近い症状が出てくる過酷なレースで高橋は2スティント走行した。そこには清成のためにも走り切る、という思いがあっただろう。しかし、キャメルバッグの中の水もなくなり、全身脱水症状で身体のあちこちがつってくる。当然タイムは落ちる。最後の方はサインボードもほとんど見えなかったという。それでも高橋は最後まで諦めずに走り切った。

「急に走れなくなってチームのサポートに徹した清成さんのためにも、そして自分のためにも今年の鈴鹿8耐は勝ちたかったです。」

「今年は本当に自分のできることを全てやり切りました。出し切った結果がこれ(3位)なので悔しいですけど満足はしています」

「今年、自分は4スティントフルで走り切ることを証明できたと思います。来年清成さんとふたりでも走り切ることはできると思っています。フィジカル的には3人の方が楽なのは確実ですけど(笑)」。

高橋は清成と走りたかった。「清成さんと走っていれば。。。」それ以上は語らなかった。走れなかった清成が一番悔しがっているだろう。

フィジカル面でもメンタル面でもひとまわりもふたまわりも大きくなったように感じる高橋が魅せた男気。自らの力を振り絞って走った2スティント。その姿に来場したお客様は感動したはずである。

鈴鹿8耐後、高橋と清成は食事に行った。いつものように他愛もない話をして一緒の時間を楽しんだ。秋には清成のレースを観にWSBKに行くそうである。「レースの話はその時にたくさん話します」と嬉しそうに語っていた。

photo & text : Toshiyuki KOMAI