覚悟を決めて獲得したチャンピオン、渡辺一馬

2022/01/31

2021年全日本ロードレース最終戦オートポリス。渡辺一馬(Astemo Honda Dream SI Racing)は葛藤していた。トップを狙うか、キープか。結果、キープを選択して4位入賞。シリーズチャンピオンを決めた。もちろん喜びは格別だ。反面、「そう言う意味ではいちばん悔しかったレースです」と振り返る。

ST1000転向は「チャンピオンを獲ってこい」とのメッセージ

渡辺は2013年にST600クラスでチャンピオンを獲得した後、2015年からずっと最高峰クラスのJSB1000で闘ってきた。ホンダからカワサキに移籍し2018年には優勝も挙げている。そして2020年には古巣のホンダに復帰、Astemo Honda Dream SIから参戦した。2021年シーズンを前にして今季はST1000クラスと伝えられた。

「ST1000クラスで走れとは、チームから自分にチャンピオンを獲ってこい!とのメッセージだと受け止めました」。

カワサキで走った過去3年間はランキング3位、3位、6位と思うような結果を残せていなかった。「ここで結果を残せなかったら、ライダー人生本当に終わるんだろうなと覚悟を決めて2021年はスタートしました。」

チームメイトにもライバルにも、誰にも負けてはいけない、自分をそう言う立場に追い込んだ。どうやったら勝てるかを常に考え、自分の走りをすれば相手が誰でも勝てるという準備をしっかりとやった。

順応性の高さを見せる

長年JSB1000マシン、特にブリヂストンタイヤに乗ってきた渡辺にとってST1000マシンに慣れるまでの時間が必要かと思ったがすんなりと乗り換えができた。

特にダンロップタイヤへの順応が早かった。キャラクターが全く違うタイヤだが温まりが早く温度レンジが広い。タイヤからのインフォメーションがわかりやすいと言う。スライドが始まる感じが掴みやすいのでそこに自分の走りの感覚を合わせていった。シーズン序盤はそこに集中し、結果的に良い成績を残すことに繋がった。「自分、意外と器用なんですね」とおどけて見せたがここまで培ってきたライダーとしての引き出しの多さが寄与している。

想像以上に緊張していた最終戦

ポイントリーダーで迎えた最終戦。「ずっと負けてきたのでここでキッチリと結果を出すことを考えたらすごいプレッシャーに感じました。」2013年、ST600クラスでチャンピオンを獲った時もポイントリーダーで迎えたがその時の比ではないと言う。「その間に経験してきたこと、思い、立場、全てが違いました」

勝ってチャンピオンを決める、誰もが考えることだ。事実予選でもポールを獲った。身体も動いたと言う。だが、思っていた以上に緊張していた。オープニングラップを2位で通過すると次第にいろんなことが頭に浮んだ。通常のレースであればどうやって勝つかに集中するのだが最終戦はそこに集中できなかった。

「情けないです」と俯き加減に言ったが誰が責めることができよう。チャンピオンを獲るのと獲らないとでは天と地ほどの差がある。勝利よりもチャンピオンを獲りに行った。当然のことだと思う。

冒頭の「いちばん悔しかったレースです」とは、勝つことだけに集中できず自分らしいレースができなかったと言うことだ。さらにそこで勝ちきれるだけの強さがなかったと言う。「プレッシャーのかかる場面でも攻められる。しっかり走り切れる強さを身につけたいです。」

 

ポジティブにレースを楽しむことをテーマとした

「レースが好き」そこが渡辺のベースだ。好きだから26年間続けてこられた。勝てば嬉しいし、楽しい。楽しむためにはレースで勝つこと。楽しくなくなったら好きでなくなる。近年結果が残せていなかったので楽しくなかったと言う。

「ネガティブなエネルギーと感情に飲み込まれるのって簡単じゃないですか。ポジティブなエネルギーを自分が作れたことが大きな勝因」と振り返る。意外にも渡辺はネガティブな人間だと言う。「ついつい悪いことを考えてしまう。全然ポジティブな人間じゃないんです。だからそういう自分を変えたかった。」レーシングライダーでいられることを楽しみたい、そう考えていた。

後が無いところに自らを追い込み、覚悟を決めて臨んだ2021年。一切の妥協を許さず準備し努力した。そしてポジティブにレースを楽しむことをテーマとした。自分を見つめ直す言いきかっけにもなったという。その結果がシリーズチャンピオンだ。「成長できたかなって自分では感じます。特に精神面で」

2022年はディフェンディングチャンピオンとして「チャンピオンの獲り方にもこだわりたいですね」と言う。ひとまわり大きくなった渡辺の走りに期待したい。

Photo & text : Toshiyuki KOMAI