なんと言うフィジカルとメンタル。2人で闘うことになった時点で4連覇に黄色信号か?と思われていたHonda HRCが終始レースをコントロールして4連覇達成!この酷暑、1時間のインターバルでは十分な体力回復が望めない状況下で走り切った高橋巧とヨハン・ザルコの強靭な体力と精神力にはただただ脱帽。高橋は最多優勝記録7回を更新した。
本当に近年の鈴鹿8耐は危険な暑さで開催される。気温は37度近くまで上がり路面温度も65度に迫る。金曜日には隣の桑名市で40度を超える酷暑となった。昨年は熱中症に陥るライダーも出現し開催時期を検討すべき段階にあると思われる。ライダー・チーム、そして観客にとって非常に厳しい大会となった。
午前11:30決勝スタート!ホールショットは#30 高橋巧(Honda HRC)が奪う。ロケットスタートで定評のある#1グレッグ・ブラック(YOSHIMURA SERT Motul)、#73 國井勇輝(SDG Team HARC-PRO. Honda)と続いて1コーナに進入する。予選2番手の#21中須賀克行(YAMAHA RACING TEAM)は出遅れた。
#73國井はS字で#1グレッグ・ブラックのインを突くとその先の逆バンクで#30高橋に襲いかかり、NIPPOコーナーでトップに浮上、2:14.160と言う誰よりも速いラップタイムでオープニングラップを制した。序盤から果敢に攻める#73 國井はその後も2分7秒台を連発、レースを引っ張る。
オープニングラップを8番手通過と出遅れた#76 浦本修充(AutoRace Ube Racing Team)が2分7秒前半までペースを上げ追撃体制に入る。5周目に2:06.918と6秒台に入れると8周目に3番手まで浮上する。12周目にはトップ3が一歩抜き出た形でグループを形成、0.443秒以内に#73 國井、#30 高橋、#76 浦本がひしめく。
ここで#30 高橋が動く。13周目の最終シケインでバックマーカーに引っかかった#73國井をかわしてトップを奪う。#30 高橋はギアを一段上げてペースアップして2:07.5312、対する#73國井は2:08.763、1周で1,178秒の差が開いてしまった。
その#73國井に#76浦本が襲いかかり0.221秒差まで近づく。しかし#73國井は譲らない。テール・トゥ・ノーズのバトルは#73國井がピットインする23周目まで続き、気迫の走りで2番手を守り切った。
予選2番手だが出遅れて7番手まで下がってしまった#21中須賀。7月のプライベートテストの転倒で負った怪我が完治しない満身創痍の身体で徐々に順位を上げ、#73号車、#76号車のピットインと言う前提はあるが、2番手でピットインした。この#21中須賀の好走が後のヤマハワークスの流れを引き寄せた。アンドレア・ロカテッリにライダーチェンジした#21号車は3番手でコース復帰すると#11 Kawasaki Webike Trickstarがピットインするタイミングで2番手に浮上した。
#30 Honda HRC高橋巧は27周目まで引っ張り、2番手の#21 中須賀に13.650秒、3番手#1 グレッグ・ブラックに17.160秒と昨年と同じ10秒以上の差をつけてヨハン・ザルコにライダーチェンジする。
高橋は安定して速い。序盤は國井の後ろで様子を伺い、チャンスと見るやすかさずトップに立ちペースをコントロール。この暑さの中、スティント終盤に2分7秒台に入れる驚異的な走り。第1スティントにおける7秒台は10回。速さに定評のある#73國井が5回、#76浦本が4回と、2倍以上だ。オープニングラップを除く平均ラップタイム(※Racing Heroes手元集計)は2分8秒070とズバ抜けている。(浦本:02:08.212、國井:02:08.317)
既報の通り#30 Honda HRCはレースウィークに入り急遽2人体制で臨むことが発表された。7回ピットとしてひとり4スティント走行。インターバルは1時間だが、実際に休息を取れるのは20分前後だ。ライダースーツを脱ぐ、チームにフィードバック、プールに浸かり熱を帯びた身体をクールダウン、そこでやっと休息となる。この間に水分・栄養補給を行い10分くらい前にはレーシングスーツに着替えて次の走行に備える。
過去の鈴鹿8耐ではインターバルに点滴で水分・栄養補給を行っていた。しかし2010年からWADA(世界アンチ・ドーピング機構)の規定に準じて医師による治療が必要な場合を除いて、通常の休憩・交代時間に点滴を受けることは禁止された。近年の危険な暑さで熱中症に陥る可能性があるライダーにとって体内の熱放出と栄養補給・休息するには1時間では足りないと言われている。だから3人のライダーで走行して必要十分な休憩を取っている。
それを今年のホンダワークスは2名で戦うと言うのだ。しかもレースウィークに入ってから急遽決定。高橋とザルコは心の準備もできないうちに本番に臨むこととなった。
上位陣の1回目のピットインを終えた30周終了後の順位は、トップ#30 Honda HRC、#21 YYAMAHA RACING TEAM、#73 SDG Team HARC-PRO. Honda、#1 YOSHIMURA SERT Motul、#76 AutoRace Ube Racing Team、#7 YAMALUBE YART YAMAHA EWC Official Team、#40 Team ATJ with docomo Business、#37 BMW MOTORRAD WORLD ENDURANCE TEAM、#0 Team SUZUKI CN CHALLENGE、#3 SDG DUCATI Team KAGAYAMAの上位10台。
12:36、#1 ダン・リンフットがS字で転倒。マシンのダメージが少ないと判断したのかコース復帰してそのまま走行を続ける。この転倒で#1号車は12番手まで順位を落とす。
酷暑による路面温度上昇の影響かSCが入るような大きなものは無いが今年は転倒が多い。
第2スティントは#30 ヨハン・ザルコと#21 アンドレア・ロカテッリのタイム合戦となった。#30 ザルコは2分7秒台を連発して速さを見せるものの、#21 ロカテッリも7秒台を7周連続でマーク、34周目には2:07.070の自己ベストをマークして#30号車を追う。8回ピットの#21号車は52周目にピットイン、注目のMotoGPライダー:ジャック・ミラーにライダーチェンジする。
余談だがジャック・ミラーは自分の走行前なのにEWCオフィシャルTVから「プールの温度は何度?」というインタビューを笑顔で受けていた。このメンタルがMotoGPライダーなのだろうか。
#30号車は55周目にピットイン、28周を走行して高橋巧の2スティント目に明け渡す。第2スティントは#21 ロカテッリが速かった。アウトラップを除いた平均ラップタイム(※Racing Heroes手元集計)は2分8秒008!ザルコは2分8秒065。これが功を奏し57周終了時点で#30号車と#21号車の差は11.173秒。第1スティント時から約2.5秒縮めた。
スタートから2時間を経過した頃にEWCレギュラー参戦チームにアクシデントが発生する。
13:42 #7 YART-YAMAHA ジェイソン・オハロランが最終シケインで転倒、緊急ピットイン。レギュラーチームの迅速な修復作業はピットストップ4分18秒で完了、オハロランが続投でコース復帰する。しかしその3周後フロントの右回りの確認・修復で再び緊急ピットイン。1分50秒のピットストップでマービン・フリッツに交代した。
14:01 #37 BMW MOTORRADマイケル・ファンデルマークがルーティンのピットインする際に、ピットロード入口で外れたステップをタイヤが踏んでリアブレーキが効いてハイサイド転倒を喫してしまう。こちらもEWCレギュラーチームのピット作業の早さで4分30秒で修復し14:05ライターバーガーにチェンジしてコース復帰した。
スタートから3時間、ヘアピン立ち上がりで#3 SDG DUCATI Team KAGAYAMAマーセル・シュッロッターがバックマーカーと接触転倒。84周時点で4番手を走行していたが24分間のピットでの修復を余儀なくされ42番手までドロップダウン。
今シーズン開幕戦もてぎで優勝、昨年の最終戦から3連勝を飾った水野涼が第2戦SUGOの事前テストで転倒、両肩骨折の大怪我を負う。さらにマシンも炎上して廃車。急遽もう1台を組み上げて臨んだ事前テストも水野は欠席。ペアライダーにレオン・ハスラム、マーセル・シュロッターを招聘したがエース水野が満身創痍なのが痛い。
15:14、カーボンニュートラルな素材でレース参戦している#0 Team SUZUKI CN CHALLENGEのアルベルト・アレナスが逆バンクで転倒、ここまで4番手・5番手を走行していたがこの転倒で大きく順位を落とすことになった。
15:30、4時間経過、折り返しを迎える。この時点でトップ#30 Honda HRCは2番手の#21 YAMAHA RACING TEAMに44秒607の差をつけていた。この2台が同一周回、3番手以下を周回遅れにしていた。3番手#73 SDG Team HARC-PRO. Honda、転倒により一時12位まで順位を落としていた#1 YOSHIMURA SERT Motulが4番手にまで上がってきた。前を行く#73号者との差は51秒。この2チームが終盤激しい表彰台争いを展開する。5番手には#40 TeamATJ with docomo Businessがつけていた。
第5スティントの#21号車が速い!15:16、中須賀からバトンを受け取ったロカテッリは24周のスティント中14回も2分7秒台に入れ、#30号車との差をジワジワと詰めていく。15:30に#30号車が高橋巧にライダーチェンジ、その時点では44秒の差をつけていた。16:10、#21号車はジャック・ミラーにライダーチェンジ。このジャックもとんでもなく速い。2分7秒台を連発、140周目にはなんと2分6秒台に入れた。16:31#30号車はザルコにライダーチェンジ。2分7秒台で猛追する#21ジャック・ミラーに対し2分8秒台。約1秒違う。44秒あった差は150周目には20.955秒差にまで縮まった。
Racing Heroesの手元集計であるが、アンドレア・ロカテッリの第5スティントの平均ラップタイムはなんと2分7秒946!と7秒台に入れた。さらにジャック・ミラーの平均ラップタイムは2分7秒917!
ホンダワークスの高橋もザルコも「引き離そうと6秒台に入れてみたものの、#21号車の追い上げがあまりにも速かったので無理して転倒するリスクを負うよりは現状キープに切り替えました」と言わしめるほどであった。
今年もドラマは終盤に起きた。
17:34 #55号車がヘアピンで転倒、パーツがコースに散乱したため今大会初めてセーフティカー(SC)導入された。
鈴鹿サーキットはコース全長が長いためSCはヘアピン立ち上がりとピットロード出口の二箇所から投入される。順位争いをしているチームにとってSCが何処に入るかでタイム差が開くか縮むかが別れる。#30号車と#21号車は同じSCのグループに収まった。しかも、#30号車と#21号車の間には5台しかいない。SCの隊列が整ってくると2台の差が明らかになりここで驚愕の数字が飛び込んでくる。それまで20秒あった差が一気に2.9秒まで縮まった。さらに170周目には2.011秒と縮まる。
#30高橋はピットアウト直後、SCのスロー走行ではタイヤに熱が入り切らない。さらにニュータイヤのためリスタート後にタイムを上げづらい。#21 中須賀もタイヤが冷えるのは一緒だがSC明けのスタートダッシュには定評があり、至る所で強くフロントブレーキをかけてタイヤに熱を入れる動作を見せ臨戦態勢に入る。#30 高橋も後ろを振り返り中須賀の位置を確認した「こんな位置にいるのか」と思ったことだろう。
17:49、ランプが消えてSC終了のサイン。17:50リスタート!#30 高橋はバックマーカーをかわしてペースを上げるが、#21中須賀はバックマーカーに引っかかりなかなか前に出られない。その間に#30高橋はタイヤに熱が入り2分7秒台に上げる。一方の#21中須賀は2分9秒台。175周目には7.995秒差に開いてしまった。それでも#30高橋は手綱を緩めない。176周目には2019年ジョナサン・レイがマークした2:06.805を上回る2:06.670のコースレコードを叩き出す。ここで差を広げてヨハン・ザルコの走りを楽にさせていと考えた。
18:00、#21号車は中須賀からアンドレア・ロカテッリにライダーチェンジ。これでトップ#30 高橋との差が1分08秒536に開く。18:28、#21ロカテッリ190周目にが2:06.604のコースレコードを叩き出し、トップを追い詰めようとハードプッシュする。
その後方では熾烈な表彰台争いが展開する。3番手を走行していた#73号車SDG Team HARC-PRO. HondaはSC明けの17:50、173周目にピットイン、國井勇輝から阿部恵斗にライダーチェンジ。これにより4番手#1YOSHIMURA SERT Motulはその差が51秒から一気に1.049秒にまで縮まり射程圏内に入った。
2台のラップタイムはほぼ同じだがバックマーカーの処理などでその差は縮みテール・トゥ・ノーズを展開、0.239まで縮まった。真後ろまで迫ってきた#1号車を#73阿部は必死にブロック、抜かせない。この2台によるスプリントレースのような接近戦は17周も続いた。
その後18:36 に#1号車ピットイン、ダン・リンフットに最後のライダーチェンジ、その差は53秒787まで広がる。ヨシムラの7回ピットに対して#73号車は8回ピット。あと1回ピットインが残っている。
18:55、#73号車は阿部恵斗から國井勇輝にライダーチェンジ。これで3番手と4番手が入れ替わる。しかしその差は4.197秒。 國井は諦めずに8秒台前半でプッシュし続ける。
18:40 1コーナーで転倒、クラッシュパッドの下にマシンが潜ってしまったため2回目の投入。
18:42、#30 号車はピットイン ヨハン・ザルコにライダーチェンジ。しかしピット出口は赤信号のためストップ。#21号車と同じグループの最後尾に合流。#21がトップ、2番手#30号車、その差は15.255秒。しかし#21号車はあと1回ピットインをしなくてはならない。
18:52 SC解除されデグナー2つ目からリスタート。SC解除後の#21号車と#30号車の差は11.066秒。18:55 #21号車はジャック・ミラーに最後のライダーチェンジ。これでトップ#30号車、#21号車の順位でその差は38秒984。
残り30分となる19:00。この時点での順位は
トップ#30号車、2番手#21号車その差39秒074。2周遅れで3番手#1号車、4番手#73号車、その差は4.623秒。5番手#40号車、6番手#37号車、7番手#76号車、8番手#11 号車、9番手#88号車、10番手#99号車の上位10チーム。
トップ#30ヨハン・ザルコは約40秒のアドバンテージを持ちながらも暗闇迫る時間帯にも関わらず2分7秒台でラップ。2番手の#21ジャック・ミラーはその差を少しでも縮めようと2分7秒台でプッシュを続け、36秒まで縮める。この鈴鹿サーキットで現役MotoGPライダー同士の一騎打ちが観られるのは感慨深い。
そのまま#30Honda HRCはノーミス・機械のような正確な走行、しかも2人体制でトップチェッカー!ホンダワークス4連覇、ホンダ31勝目、そして高橋巧7勝目を獲得した。
2位には#21 YAMAHA RACING TEAM。6年ぶりに復活したヤマハワークス、やはり速かった。満身創痍のエース中須賀をジャック・ミラー、アンドレア・ロカテッリが見事にフォロー。この二人の最も暑い時間帯の尋常でないラップタイムは盤石なホンダワークスを脅かした。
3位には#1 YOSHIMURA SERT Motul。1回転倒があったにも関わらず表彰台獲得。近年の鈴鹿8耐では1度でも転倒したら優勝はもちろん表彰台獲得も難しいとされるが見事にやってのけた。ヨシムラの武器はとにかく安定して走行すること。グレッグ・ブラック、ダン・リンフット、そして渥美心。3人は常に安定したラップタイムで走行、昨年は2分9秒台,10秒台であったが今年は8秒台、9秒台でラップした。
燃費の良さを活かし7回ピットとピット作業の早さも功奏した。ヨシムラのピット作業は合計で5分15秒089と最短タイム。平均タイムも44秒986と最速であった。安定感と正確さ、これがヨシムラたる所以だが今年はここに一発の速さが加わった。
4位には#73 SDG Team HARC-PRO. Honda。エース名越哲平が怪我の影響から本調子が出なかったが世界で闘う國井勇輝とアジアで活躍する阿部恵斗の好走が光った。國井の第1スティントの気を吐いた走りでチームは勢いづき、SC明けの世界耐久王者ヨシムラの猛プッシュを振り切った阿部。今年から本格的に1,000ccマシンに乗り(昨年鈴鹿8耐をSSTクラスで参戦したが)世界戦でトップ争いする経験の浅い阿部が3番手を守り切ったのは見事であった。
またハルクプロはピット作業も早い。トータルで6分6秒724、平均タイム45秒841(Racing Heroes手元集計)とワークスチームと遜色のないタイムであった。ヨシムラのピットストップ7回、ハルクプロ8回、この差が表彰台の差に繋がった感がある。
危険な暑さの中で開催された今年の鈴鹿8耐。熱中症を発症するライダー・スタッフもいた。鈴鹿8耐がスタートした45年前とは気象条件が変わっている。そろそろ本気で開催時期変更を検討すべきではないだろうか。何かが起きてからでは遅いと思う。
2025年第46回鈴鹿8時間耐久ロードレース 決勝結果上位10台は以下の通り。
優勝:#30 Honda HRC
2位:#21 YAMAHA RACING TEAM
3位:#1 YOSHIMURA SERT Motul
4位:#73 SDG Team HARC-PRO. Honda
5位:#37 BMW MOTORRAD WORLD ENDURANCE TEAM
6位:#76 AutoRace Ube Racing Team
7位:#40 TeamATJ with docomo Business
8位:#11 Kawasaki Webike Trickstar
9位:#99 Elf Marc VDS Racing Team / KM99
10位:#88 Honda Asia-Dream Racing with Astemo
text:Toshiyuki KOMAI
photo:水谷たかひと