「身体は全然疲れていない。気持ちの方がきつかった」 高橋巧が語る2026年鈴鹿8耐

2026/08/12

「身体は全然疲れていない。気持ちの方がきつかった」
高橋巧が語る2026年鈴鹿8耐

 2026年の鈴鹿8時間耐久ロードレース、Honda HRCは再び頂点に立った。しかも5連覇。高橋巧自身も個人最多記録をさらに更新する8回目の優勝を手にした。

昨年は酷暑のなか、8時間をヨハン・ザルコと2人で走るという異常事態を乗り越えての勝利だった。そして今年も、ザルコが負傷により欠場。最終的に高橋とジョナサン・レイの2人で8時間を戦うことになった。

レースから約1カ月後、高橋に今年の鈴鹿8耐について聞くと返ってきた言葉は「今年は全然疲れていないです」。

本当?思わず聞き返した。「全く(笑)」

昨年とは正反対だった。だが、今年の8耐が楽だったわけではない。
「身体は全然疲れていない。でも気持ちの方が最後まできつかったですね」2026年の鈴鹿8耐は、高橋巧とHonda HRCにとって、これまでとは違う種類の難しさを持った8時間だった。

HRCの武器だった「燃費」の優位が薄れた

近年、HRCが鈴鹿8耐で強さを発揮してきた理由のひとつに燃費性能がある。耐久マシンは燃料噴射量を絞って燃費を調整する。パワーを出せば燃料使用量も増えるので燃費が悪くなる。そのバランスに多くのチームが頭を悩ませている。しかしHRCのマシンは速いスピードを維持しながら(パワーを出しながら)燃費が良い。

「電子制御だと思います。メーカーだからエンジンを熟知している。燃料噴射量もきめ細かく設定・調整できていると思います。」

「加えて経験。優勝を重ねてきた膨大なデータ量から細かい分析に基づいて計算していると思います」
と昨年答えていた。

HRCの速いペースで走っても燃費を確保できているから7回ピットが実現できた。 1回のピット作業で大きなタイムロスを生む鈴鹿8耐では、これは強力な武器になる。ところが今年は違った。

「今年はHondaも燃費が良くなかったです」意外な言葉が帰ってきた。

理由は気温だ。
雨によってラップタイムはドライより10秒前後遅い。一見すれば燃料消費も少なくなりそうに見える。しかし気温が低いことでエンジンのパワーが出るのでその分、燃料も使うのだと言う。

「全スティント、燃料は全て使い切っていました」

「Hondaは暑くなるとメリットが出てくるんです。多少スピードは落ちますけど、周りほど落ちない。それで燃費も良くなる」

2026年は主要チームがほぼ同じ6回ピットとなった。つまり、「HRCだからピット回数を減らせる」という従来のアドバンテージがほとんど存在しなかった。
それでもHRCは勝った。この点は2026年の勝利を考えるうえで重要である。

BMWはラクそうに走っていた

高橋がレース中に強さを感じたマシンがBMWだった。特に浦本修充。後方を走った際、高橋はその走りを見てあることに気づいた。

「ラクそうに走っていました。曲がっていくし、加速もしていくし」
しかも速い。浦本の2スティント目、ウェットで2分16秒台を連発、しかも28周した。
「あのまま16秒台でずっと走られていたら、ちょっと厳しかったです」と珍しく弱気なコメント。

高橋が注目したのが電子制御だった。
トラクションコントロールをはじめとする電子制御は、単純な加速性能だけではなく、タイヤの使い方、さらには燃費にも影響する。

BMWが速さとスティントの長さを両立していたことから、高橋は電子制御を含めた車両全体の完成度の高さを感じていた。
Hondaの燃費という武器が薄れた一方で、ライバルは確実に進化している。
今年の8耐は、HRCだけがマシン性能で圧倒していたレースではなかった。

高橋巧が作る「8時間を走るためのマシン」

現在のHRCの8耐マシンは、高橋が中心となって作り上げている。
一発のラップタイムだけを求めない。アベレージを重視。そして、疲れないバイク。それが一番大切。つまり、ライダーが頑張らない=余計な力を入れなくても速く走れるマシンにすることだ。

2年前、HRCで一緒に走った名越哲平に「100%の力で走ったら保たない。自分は60%の力で走っている」と言って驚かせた。
高橋のデータロガーを見るとブレーキングや加速のカーブが緩やか、がツン!とブレーキングしてガバッと開けるのとは全然違う。さらに驚くべきはブレーキパッドやタイヤなどの消耗パーツの減り具合が少ない。

「とんがったバイクじゃない方が絶対いいと思っています」
スプリントレースなら速く走るために限界性能を追求する。しかし8耐では8時間を通して安定して速いこと。タイヤを持たせること。燃料を効率良く使うこと。そしてライダーを疲れさせないことが重要だと考えている。

「スプリントをメインで戦っているライダーだと、やっぱり一周でも速く走りたいとなりがちだと思うんです。でも、そういうバイクだと疲れると思うので。そこら辺も考えて作っているつもりです」

高橋はギリギリまで本番で走るマシンを決めない。バイクは工業製品だから個体差があるのは当然だが、メインカー・Tカーの差を限りなくゼロにしたいと考えている。そのために最後までマシンのセットを詰める作業を止めない。そのきめ細かさも、高橋がHRCの8耐マシン開発を担っている理由のひとつなのだろう。

それでも「まだ完成ではない

興味深いのは、5連覇を達成したマシンでありながら、高橋自身は現在のCBRを完成形だとは考えていないことだ。

高橋のなかでひとつの基準になっているのが2019年のマシンである。当時はスプリントレースにも参戦していたため、現在よりも一発の速さを意識した方向だった部分はある。それでも高橋にとってフィーリングは非常に良かった。
「決勝中でも2分4秒前半とかで普通に走っていましたから。仕上がりで言ったら、まだ超えられていないと思います」

2019年のCBR1000RR(SC77型)と現行CBR(SC82型)ではベース車両そのものの考え方も当時とは異なるので現行マシンで2019年のフィーリングを再現することはできないと言うが、まだ詰められる余地はあると思う、と高橋。
何度勝っても「もっと良くできる」と考える。それが高橋巧というオトコだ。

ジョナサン・レイが高橋巧に合わせた

今年、高橋とコンビを組んだジョナサン・レイ。スーパーバイク世界選手権で6度のチャンピオンを獲得したライダーである。高橋はジョナサンとは接点がなく、今年初対面だった。

当初「これだけの実績を持つライダーなら、自分の好みやセッティングを強く主張してくるだろうな」と思っていたという。ところが実際は逆だった。

「基本的に自分のスタイルを俺に寄せてくれていたというか、マシンに合わせてくれていました」高橋とジョナサンでは走り方が違う。ジョナサンは強くブレーキをかけるタイプ。こうしたライディングの違いは、単純なラップタイムだけではなく燃費にも影響する。
そこでジョナサンは高橋のデータと自分のデータを比較した。
どこでロスしているのか。
どの走り方が燃費に影響しているのか。
そして必要なら自分の走りを変える。

「データを見ながら、ここはこういう走りの方が良さそうとか。少しでもロスを少なくしようとしてくれていました」ザルコも同じであった。世界トップクラスのライダーは、自分のスタイルを持っている。しかし、必要なら自分をマシンに合わせられる「幅」がある。
「その幅を持っていることが凄いなと思いました」

チャントラはかわいそうでした

高橋、ジョナサンに加え、ソムキアット・チャントラの加入が発表された。しかし決勝では、高橋とジョナサンの2人で走った。その背景には体格差があった。

3人のなかでジョナサンが最も体重があり、高橋が中間、チャントラが軽い。マシンは比較的硬めの方向で作っていた。体重の軽いチャントラは、タイヤへ荷重をかけてグリップを引き出すまでに時間がかかった。

「周回を重ねれば我々と同じようなタイムで走れるのですが、最初の1秒、2秒ってすごく大きいじゃないですか」
現在の鈴鹿8耐では、スティント序盤の1~2秒の遅れは致命的だ。しかもチャントラの参戦は急遽決まり、ウェットでのテストも十分ではなかった。
「そうした要素を総合的に考えた判断だったと思います」
「チャントラは速いライダーなだけにこの雨は可哀想でした」と高橋。

「今年は全然疲れていない」

昨年、高橋とザルコは酷暑のなか2人で8時間を走った。レース後、高橋に話を聞いて驚いたのは、その過酷さだった。
ところが今年も2人を中心に走ったにもかかわらず、答えは正反対だった。
それが冒頭の「今年は全然疲れていないです」だった。

理由は雨だ。ドライとウェットでは、そもそも身体にかかるGが違う。ドライでは強烈なブレーキング、加速、コーナリングを繰り返す。ウェットでは絶対速度が下がるため、身体への負担は小さくなる。「雨だから攻めきれないし、だから疲れません」
同じ「2人で走る鈴鹿8耐」でも、その身体的な厳しさはまったく違った。

それでも「圧倒的にウェットの方がきつい」

では今年は楽な8耐だったのか。イヤ、そんなことはない。精神的にはまったく逆だった。ドライとウェット、どちらがメンタル的にきつい?そう聞くと
「圧倒的にウェットです」と即答だった。
一度転べば、それまでチーム全員で積み重ねてきたものを失う。だから絶対に転べない。身体は疲れていなくても、頭は休まらない。

「常に気を張っていました。そう言う意味ではキツかったです」

「どっちに転ぶかなんて運次第」

終盤、雨が強くなりセーフティカー(SC)が導入された。そのタイミングによってHRCとヤマハファクトリーとの差が大きく開いた。
「どっちに転ぶかなんて運次第だと思います」
昨年は逆だった。約20秒あったリードが、SCによって一気に縮まった。
「お願いだから自分と中須賀さんとの間に(SC が)入ってくれ、と思っていたら、後ろにいたので二度見しました(笑)あの時は本当に焦りました」

SCがどこで入るかは、自分たちではコントロールできない。有利になることもあれば、不利になることもある。それも含めてレースだと高橋は考えている。「SCが出た瞬間に、多分これで終わるだろうなと思いました。暗いから余計にリスクもあるし、あれでSC解除していたらもっと大きな事故が起きてもおかしくなかったと思います」
高橋にとって重要なのは、SCの位置云々よりも自分ではコントロールできない状況が起きた時にも、勝てる位置にいることだ。

「鈴鹿8耐の勝ち方」を知る高橋巧

2026年はHondaがこれまで持っていた燃費のアドバンテージは薄れた。
それでもHRCは勝った。HRCの強さは「圧倒的に速いマシンを持っていること」だけではないように思える。
鈴鹿8耐を知る高橋が作り込んだマシン。
そのマシンに合わせたジョナサン・レイ。
綿密に組み立てられた戦略。

高橋は以前から「鈴鹿8耐は総合力」だと話している。2026年は、その言葉の意味が改めて見えた気がする。

鈴鹿8耐:個人8勝、そしてチーム5連覇

高橋巧は、単に「鈴鹿8耐で最も勝っているライダー」ではない。
「鈴鹿8耐の勝ち方を最も知っているライダー」なのかもしれない。

Photo & text:Toshiyuki KOMAI
レース写真:水谷たかひと