Mishina’s Eye Vol.5

みなさん、早いものでもう2月です。ロードレースファンにとっては束の間のオフシーズン。これからプレシーズンテストなども行われて、シーズンへの期待がどんどんと膨らんでくるでしょう。まだ始まっていないこの時期だからこそ、あーでもない、こーでもない、と思いを馳せたり、過去のデータをひも解いてみたり、昨シーズンのレースを見直してみたり・・・開幕へ向けてボルテージを上げていってくださいね。少しずつ、少しずつね。一気にあげてしまうと開幕までに疲れちゃいますから。

今はインターネットも発達していてとても便利な世の中になっています。って私に言われなくても皆さん実感しているかと思います。どこにいてもネットにつながる環境さえあれば、レースの映像や結果がリアルタイムやオンデマンドで確認できますし、様々な情報で溢れかえっています。20数年前、自動計測さえも行われていなかった時代。サーキットにいても予選結果などは走行が終わって、暫くしてからでないと発表されませんでした。なぜなら計時オフィシャルがプリンティングタイマーの時間と、連番を手作業で照合して結果表を作成し、計時長などの承認を得てから印刷。それを計時オフシャルがコントロールタワー、各セクションやパドックに配布します。もちろん放送席にもその結果表が届けられ、ようやく放送を通じて場内のお客様に届けられるのです。サーキットに足を運べないファンが結果を知るには雑誌の発売を待たなければなりません。私も平忠彦選手が1986年世界GP250ccクラスの最終戦サンマリノGPで初優勝を飾ったことを、翌日の新聞記事で知りました。それもほんの数行の小さな記事でした。

そんな時代リアルタイムにラップタイムを知るにはストップウォッチしかありませんでした。ピットでのチームスタッフの数ある作業のうちの一つが走行タイムの記録です。自チームのライダーだけでなく他チームのライダーのラップタイムも計ります。どこの世界にも猛者はいるもんで、クリップボードに10数台のストップウォッチを貼り付けて、ほぼ全周回、10人近いライダーのタイムを計る人もいました。脱帽です。放送席では2、3個のストップウォッチでラップタイムを計っていました。誰かに決めて計るのではなく、私は放送席前を通過するライダーを見て「速そうだな」って感じたらストップウォッチのボタンを押してました。あくまで「感」です。だから計ってみたら遅かったり、タイムを出した後でピットに入ってしまったり、話に集中して押すの忘れたり・・・当然、毎回予選上位にくる選手を中心に計るのですが、なかなかまともなタイムを獲ることができませんでした。

そんなある日、放送席の大学院生スタッフ(A君)が小さな台車にパソコン一式を乗せてやってきました。NECのPC8800というパソコンでした。これ1台で数台のタイム計ることができるプログラムを作ったので持ってきたということ。そのパソコンに搭載されていたN88ベーシックという言語を使って彼がプログラミングしたもので、コントロールラインを通過するときに決められたアルファベットキーを押すとモニター画面にゼッケンとタイムが表示されるという、今思うととても簡単なプログラムでした。毎回、走行前にプログラムソースのキー割り当てを、該当ゼッケンに書き換えなくてはならないものでした。まだパソコンを使っていなかった私に、「スゴイ、これは使える!」という衝撃を与えてくれました。ちょうど鈴鹿サーキットのプリンティングタイマーは、手打ち入力から光電管入力に変わり、さらにパソコンと連動して取り込んだタイムにゼッケンを入力すれば自動集計するシステムに移行していく頃。それから彼が来るときは毎回パソコンを持ってきてもらったのですが、困ったのは、彼がサーキットに来れないとき。やはりストップウォッチでは取りこぼしが多発してしまうこと。当時パソコンを一式そろえるには数十万円かかってしまう。ずいぶん高いストップウォッチだなぁと悩んでいたのですが、ライダープロフィールとか過去の戦績を手書きしていたので、それも併せてきれいに整理できれば・・・。1988年に、NECがアップル©のような10インチカラーモニター一体型のちょっと小型になったPC9801CVというのを発売したので、持ち運びも考えて思い切って購入しました。確か30数万円したかと思います。ハードディスクも10MBだったか20MB搭載しました。パソコンといってもアプリケーションがなければ、ただの箱です。パソコンのことなどまったく知らない私は、A君に頼んで彼が作った計測プログラムを貰いました。ただ彼のプログラムだと毎回走行前にプログラムソースの一部を書き換えなければいけないので若干不便。そうではない計測集計システムにできればと思い、1行1行、呪文のようなプログラムソースを解読していきました。プログラミング知識なんて全く無いなんて言ってられません。大枚をはたいた「箱」ですからちゃんと機能してもらわなくては、本当にただの箱になってしまいます。NECのPC9801では普通に呼び出すとシステム時計で秒以下が取り出せませんでした。彼のプログラムを見ていくと、最初にFOR〜NEXTでループを作り、1秒間に何回ループしたかを数え、それを元にキーを押して取り込んだタイムの秒以下を算出していました。と、このように理解するのにプログラムソースを何日見続けたことか。パソコンは「正しく命令しなければ、答えを出してくれない」つまりどんなにパソコンが賢くても、使う人のレベルを超えられないってことを身をもって痛感しました。「この動作を実現するのに、こういった答えを返す部品(関数)が必要」ある動作をさせるために多くの部品が必要で、ひとつひとつ部品を作り、その小さな部品の組み合わせで大きな部品が機能する・・・といった具合にどんどんとプログラムは膨れ上がりました。A君の200行くらいのソースを元に、試行錯誤を繰り返しながら全面的に作り変え、数千行のプログラムソースになりました。部品を組み立てていく。でも自分が意図する計測集計システムができたと思います。まるでプラモデル製作のようです。

あっ、このプログラム名前を付けたんです。すごく安易なネーミングで「LapTimer」(ラップタイマー)。パソコンを導入してから、レースの情報をより早く入手できるということで、ニフティサーブというパソコン通信にも入りました。その中にFMOTOR2という2輪のフォーラムがあり、フリーソフトとしてこのラップタイマーを提供させていただきましたのでご存知の方もいらっしゃるかもしれません。N88ベーシックから始まり、C言語に移植して発展させたラップタイマー。レースの現場では作り始めのころから、とあるチームのHさんにバグにもめげずにご協力いただきました。その甲斐あって、その後多くのチームの方にも使っていただきありがとうございました。そうそう、某ワークスチームのヘルパーをしていたKさん、ラップタイマーの名手でした。色々なチームの方に使っていただいたことで、練習日などのピットレーンで以前より気軽に、各チームにタイムを聞きに行くことができるようになりました。自動計測以前のお話ですね(^^)

いつだったか忘れましたがまだ完全なリアルタイム計測でなかったSUGOで、TTF1かスーパーバイクの世界選手権レースのときのこと。放送席で英語のコメンテーターのクリス・カーターと予選をしゃべったのですすが、SUGOのタイム表示が不調で、あり得ないタイムが表示されたり、タイムの更新が遅かったりしたことがありました。そのとき私は98ノートにラップタイマーを入れて、自分でキーを押しながらしゃべっていたんです。最初はノートPCの画面に表示されるラップタイムを、どうせ手打ちだから当てにならないとしか見ていなかった彼が、遅れて表示されるオフィシャルタイムと、たまたまですが1000分の1秒まで一致していたことに驚き、「オフィシャルよりも俺は、お前のノートPCを信じる」と、それからはコントロールラインを通過した直後に私のノートPCの画面を見てタイムを放送していました。嬉しいやら恥ずかしいやら、ミスできない緊張感に包まれました。

ギブ・アンド・テイク(^^)。パソコン通信では情報を得るだけではなくて発信しなくてはと思い、定型フォーマットで結果表を作成できる「ResultsWriter」(リザルトライター)というアプリケーションも作って、より早い結果のアップロードを目指しました。パソコン通信を卒業してインターネットのホームページを持つようになっても、現場からどこよりも早く結果をアップロードしてました。もちろんオフィシャルアップロード以前の話です。前後してラップタイマーとリザルトライターを一つにまとめました。「LapRes」(ラップレス)、本当に安易なネーミングです。

定型フォーマットで結果表があるということは、私にとってとても重要なことでした。以前は手書きでライダープロフィールとか戦歴を書いていました。当然、1レース終わるたびにそこに書き足していかなければなりません。あまりにも達筆で後で読めないことも・・・。ということで、誰に見られても恥ずかしくないようにと、日本語タイプライターやワープロも使ったのですが書き足す作業に変わりありません。それと結果を見返した時にサーキットごとで違うフォーマットより、統一されている方が見やすいでしょ。
パソコン導入のもう一つの目的であるレース結果のデータベース化。定型フォーマットで作られた結果表があると入力作業がとてもはかどります。データベースについてはまたの機会に譲りますが、実はデーターベースソフトも最初は自分で作りました。ちょっと高かったけど検索エンジンを買ってきて、それをプログラムから呼び出して使ってました。

自動計測が始まりラップタイマーの出番はなくなりました。インターネットではオフィシャルアップロードもあり、自分がサーキットでしゃべっていたときに必要だったものが今は簡単に手に入ります。当時私はなぜそれが必要だと思ったのでしょう? 多分その時の「今」を臨場感とともにファンのみなさんと共有するため、それまで乏しかったデータとしての「数字」が材料として足りないと私が感じたからだと思います。今は材料はそろっていると思います。さぁて、どう美味しくレースを楽しめるでしょうか。みなさんも一緒に「より愉しめるスパイス探し」あるいは「新たな材料探し」をしてみませんか。

今回もつらつらとまとまりもなく書きつづってしまいました。「仏の顔も3度」といわずこれからもお付き合いください。