こんな結末を、誰が想像できただろう。
現役最後のレース。今シーズン、まだ一度も優勝していない中須賀克行(YAMAHA FACTORY RACING TEAM)が、残り2周で高橋巧(Honda HRC Test team)を抜き去りトップチェッカーを受けた!2026年全日本ロードレース選手権第7戦、鈴鹿サーキットで行われた最終戦レース2。
場内は感動の渦。歴史に残る名レース。まるで誰かが書いたシナリオのようだった。しかし、これは紛れもなく現実だ。
そしてこの勝利は、中須賀が最後まで中須賀克行らしく戦い抜いた証しだった。
雨が上がった鈴鹿。変化する路面が勝負を分ける
土曜日に続いてウェットコンディションとなった日曜日の鈴鹿。激しい雨のためST1000クラスのスタートが30分ディレイ。付随してJSB1000クラスも当初より20分遅れ、4周減算の12周とアナウンスされた。レース2が始まる頃には空も明るくなり、当初はレース途中から再び雨が降る予報だったが結局降らず、路面の水膜は徐々に薄くなっていった。
ウェットタイヤにとって、これは厳しいコンディションだ。タイヤを冷やす水が減ることでタイヤの温度が上昇し、グリップを維持することが難しくなる。
12周の決勝レース2がスタート!スタート直後から激しい順位争いが始まった。好スタートを決めた國井勇輝(SDG Team HARC-PRO. Honda)が一時トップに立つが、水野涼(SDG DUCATI Team KAGAYAMA)が応戦。中須賀、高橋巧、長島哲太(DUNLOP Racing Team with YAHAGI)も加わり、序盤から上位陣は激しくポジションを入れ替えた。
前日のレース1を制し、すでにシリーズチャンピオンを決めている水野は2周目にトップに立つとレースを引っ張る。
「昨日と同じようなコンディションからスタートしたので、今日もいけるなと思って前に出ました」しかし、周回を重ねるにつれて、水野の走りに変化が現れた。「想定以上に雨量が減ってきて、自分たちが持ち込んだ制御がうまく引き出せなくなったのです。もうそれ以上バイクが前に進まなくなりました」
トラブルではない。雨が降り続けることを想定して持ち込んだセットが乾き始めた路面に合わなくなった。「電子制御が効きすぎて、全然加速しなくなってしまいました。どこまで防ぎ切れるかなと思ったんですけど、割とすぐに抜かれてしまいました」
水野のペースが落ち始める一方、高橋と中須賀は速さを維持。優勝争いは、二人の一騎打ちとなっていった。
高橋巧と中須賀克行。ワークス同士の真剣勝負
前日のレース1では、ジャンプスタートによるライドスルーペナルティで優勝争いから脱落した高橋巧。その悔しさを晴らすように、レース2では力強い走りを見せた。
「昨日のミスを挽回したかったし、何より中須賀さんと一緒に走りたかったです」
久しぶりのスプリントレース参戦。鈴鹿8耐では圧倒的な実績を誇る高橋だが、スプリントには独特の難しさがある。「久しぶりに短いレースでのプレッシャーを感じました。トップに立ってからも当然プレッシャーがあったし、後ろが中須賀さんだったので余計に感じていました」
高橋がトップを走り、中須賀が背後からプレッシャーをかけ続ける。コンディションは刻一刻と厳しさを増していた。「水膜がほとんどなくなって、乾き始めるような状況でした。タイヤには優しくないコンディションでしたね」
高橋はそう振り返る。
中須賀も同じ状況で走っている。「水膜が減ってきてタイヤへの攻撃性が高まりました。ですがそれは前の高橋選手も一緒。後ろから抜きどころを探っていました」
高橋は、中須賀の走りにいつもとは違うものを感じていた。「いろんなところで走り方を変えていました。高いスピードのままコーナーに入っていったり、加速につながるように走ったり。後ろにいるのですが明らかに違いがわかりました」
そして残り2周。中須賀が動く。10周目のコントロールライン上では約1秒あった差が西コースのスプーンでは勝負できる位置までに追いつく。高橋2分17秒台に対し中須賀2分16秒台。最終シケインでは中須賀の真骨頂:深いブレーキングでテール・トウ・ノーズまで迫ると高橋も中須賀も前後のタイヤが暴れながら最終コーナーを下ってくる。
ホンダワークスVSヤマハワークス。意地と意地のぶつかり合い。2人ともタイヤはすでにズルズルの状態。そして、中須賀はヘアピンをものすごい勢いで立ち上がると深いブレーキングからのMCシケイン進入。「ここで行く?」と言うところで高橋を刺した。場内は割れんばかりの歓声。あろうことか抜き去った中須賀は高橋との差を開き始めた。
迎えたファイナルラップ。誰もが願う。「頼む、転倒しないでくれ」。二人ともタイヤはすでに限界を超えてコーナーの至る所ズルズルと滑らせながら立ち上がっていく。高橋も決して攻めの手を緩めているわけではない。それを上回る気迫の走りを魅せる中須賀克行。そのままトップチェッカー!
現役最後の走りを、一度も勝ってなかった今シーズンを、自ら勝ち獲って締め括った。こんなドラマみたいなレースがあるだろうか。中須賀克行と言うオトコだからこそできた最高のレースだった。これは伝説になる。
「中須賀克行は、これで終わっちゃいけない」
中須賀自身、レース中盤には別のことを考えていた。「鈴鹿では過去3年間、チェッカーを受けられていないのです。だから今回は、とにかくゴールしたかった。中盤は3位でいいからこのまま無事に帰ろうかなとも思いました」それも無理はない。このところずっと最終戦鈴鹿はリタイヤしている。現役最後のレースだ。チェッカーを受けて終わりたい。しかし、レースが進むにつれて変わっていく。
「やっぱり中須賀克行はこれで終わっちゃいけないなという血が騒いだんです。自分のスタイルを最後まで貫き通そう。そうじゃなきゃ終われないと思いました」
「最後は転倒してもいいぐらいの気持ちで、持っているパフォーマンスを全部出し切ろうと思いました」
高橋も同じことを感じていた。「ついていこうとはしたのですが、もう転びそうでした。中須賀さんは転んでもいいぐらいの気持ちだったのではないかと思います」
「気持ちの違いがあったかもしれません。(自分にも)攻める気持ちはありました。反面、スプリントのデータがないHRCにデータを残さなくてはならない。だから絶対に転倒してはならなかったのです。その差かな」
「ずっと中須賀さんと一緒に走りたい(ので最終戦に出させて欲しい)と言っていたので、最後のレースで一緒に走れて本当によかったです」
敗れはしたがずっと戦ってきたライバルだからこそ中須賀へのリスペクトがある。
「国内100勝目の節目」
チェッカーを受けるまで、中須賀は一瞬たりとも気を抜けなかったと言う。「本当に最後のチェッカーを受けるまで、勝ったとは思えませんでした」そして、こう続けた。「レーシングライダーとしてやってきたことが、最後に報われたなと思える1勝になりました」
今シーズン、中須賀は苦しんでいた。シーズン開幕前に引退を発表したことでこれまで経験したことのないプレッシャーにもさらされていた。勝てないレースが続いた。「今まで勝ちすぎていて、勝つことのありがたさが自分の中で薄れていたのかもしれません。改めて、優勝することがどれほど難しく、価値のあることなのかを感じたシーズンでした」
13回のJSB1000チャンピオン。27連勝という大記録。そして今日、JSB1000通算95勝目。GP250での1勝、鈴鹿8耐での4勝を合わせれば、ちょうど100勝という節目にもなった。誰よりも勝ってきたライダーが、最後のシーズンに、もう一度勝つことの難しさを知った。そして最後のレースで、その勝利をつかんだ。
「こんなこと、あっていいのかなと思いました。うまくいきすぎていて。本当に中須賀克行、持ってるなって思います」そう言って笑った。
新王者・水野涼が見つめた、中須賀克行の勝利
3位でチェッカーを受けた水野涼は、悔しさを隠さなかったもののスッキリしているように見えた。「もちろん勝てなかったことは悔しいです。でも、今日はあの二人の方が速かった。こういうレースもあります」かつての水野なら、悔しさに苛立ち、自分を責めていたかもしれない。
しかし、今年の水野は違う。「自分たちは想定したコンディションに合わせて準備してきたので、セットアップが間違っていたとは思っていません。その中でベストを尽くしました」そして、こう続けた。「昨日、優勝してチャンピオンを決めておいて、本当に良かったです」
今年、水野は一度も表彰台を逃さなかった。悔しいレースはあっても、その時々にできる最善を尽くしてきた。だからこそ、最終戦を3位で終えても、シーズン全体に悔いはないという。「かなりパーフェクトに近いシーズンを送ることができたと思います」
何より印象的だったのは、中須賀の最後の優勝について語った言葉だった。「昨日は自分が優勝してチャンピオンを決めて、今日は中須賀さんが優勝して終わった。狙っていたわけではないですけど、サイコーの終わり方だと思います」
そして、少し笑いながら付け加えた。「今日の3位は、そのうち忘れられるかもしれません。でも、中須賀さんの最後の優勝は忘れられないですよね。僕のチャンピオンという結果も、一生変わらないですから」
前日、水野がチャンピオンを決めた時、中須賀は「心からおめでとうと言いたい」と語っていた。今度は水野が、「中須賀さん、おめでとうございます」と祝福。
さらに、こう語った。
「最後に中須賀さんに負けたのは悔しいですけど、本当に全日本最高峰にふさわしい素晴らしいレースだったと思います。これからは自分が日本を引っ張っていけるように頑張りたいです」
絶対王者から、新しい王者へ。一つの時代が終わり、次の時代が始まろうとしている。
ここまで全日本ロードレースを牽引してきた偉大な王者:中須賀克行は本日をもって引退する。まだまだ勝てる、引退する必要ないじゃん、中須賀克行をずっとみてきた筆者には万感胸に迫るものがある。
中須賀克行。最後のレース、最後の勝利。中須賀克行らしい幕引きだ。本当におめでとう。そして、長い間、数々の感動をありがとう。今日は中須賀克行のための日だったと言っても過言ではないと思う。
決勝レース後、シリーズチャンピオン表彰式が行われた。既報の通り今シーズンは圧倒的な強さを魅せた水野涼が獲得した。レース2ではDUCATIの赤いマシンに替えてサプライズ参戦。
カウルには「Grazie a DUCATI(ドゥカティありがとう!)」のメッセージが添えられていた。3年間続いたDUCATIとのコラボは今年で一旦終了。来シーズンの体制発表が待たれる。
また、このレースを以て岩田悟(Team ATJ)がフル参戦引退を発表した。岩田も長年に渡り全日本ロードを盛り上げるために貢献してきたライダーの一人だ。近年は若手の鈴木光来育成に力を入れている。岩田にとってもラストレースとなった鈴鹿。お疲れ様でした、と心から伝えたい。
Photo & text:Toshiyuki KOMAI
全日本ロードレース選手権シリーズ 第7戦 第58回 MFJグランプリ スーパーバイクレース in 鈴鹿 決勝レース2 上位10位は以下の通り
優勝:#1 中須賀 克行 YAMAHA FACTORY RACING TEAM
2位:#30 高橋 巧 Honda HRC Test team
3位:#88 水野 涼 SDG DUCATI Team KAGAYAMA
4位:#35 MCPHEE John F.C.C. TSR Honda France
5位:#3 浦本 修充 AutoRace Ube Racing Team
6位:#12 日浦 大治朗 Team SAKURAI HONDA
7:#92 國井勇輝 SDG Team HARC-PRO. Honda
8位:#10 鈴木 光来 Team ATJ
9位:#6 岩田 悟 Team ATJ
10位:#4 野左根 航汰 Astemo Pro Honda SI Racing















































